木食応其上人

木食応其上人(1537年〜1608年)
 別号は楚仙、名を日斉、字は順良。豊臣秀吉の信任を得て、高野山を戦火より守る。
1585年橋本の町を開基する。1587年応其寺建立、紀ノ川に架橋。塩市を開く。のち、江州飯道寺に隠棲した。連歌は里見紹巴、書道を近衛竜山に学んで「無言抄」を著した。民芸的な彫刻をよくした。
(人名大辞典より)

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